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四川の有名なお酒

時間:2006-8-17 10:10:00
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四川の有名なお酒
 
四川の有名なお酒は数が多いが、「六輪の金花」が国内外にも名が高い。「六輪の金花」  はそれぞれ五糧液、瀘州老窖特曲、剣南春、全興大曲、郎酒、沱牌曲酒。
 
 
五糧液
 
宜賓の特産。宜賓が「万里長江第一城」と呼ばれている。古代では宜賓が「戎州」、「叙州」と呼ばれた。宜賓が古代の楚人の故郷で、昔からお酒を醸造し、飲酒する伝統をもっている。杜甫の詩には「春酒」という言葉がある。「春酒」、つまり春に醸造、冬に飲めるお酒、或いは冬に醸造、春に飲めるお酒。詩人が「春酒」を貢ぎ物荔枝と同等に見るのは詩人が春酒を好むことを表す。
 
明の時代のはじめ、宜賓城には酒粕屋がずらりと並んでいる。そのうち、「温徳豊」、「徳盛福」、「長髪昇」などが有名なもの。「温徳豊」は米、もち米、蕎麦、高粱、トウモロコシという五種類の食糧を混ぜって有名な「雑糧酒」を醸造した。「雑糧酒」が唐、宋の時代の「荔枝緑」、「姚子雪曲」から発展してきたもので、五糧液の前身でもある。長年来、「雑糧酒」の処方は「温徳豊」の創始者陳氏家族によって家族の男の子だけに伝授されてきた。清の同治八年(1869に)陳氏家族には男の子がいなかったので、第一弟子趙銘盛に伝授した。趙銘盛が「温徳豊」を「利川永」に変えて、規模を拡大した。民国の初年に、趙銘盛が宜賓酒業公会に醸造総技師と推薦された。死際に、趙銘盛が処方を自分の弟子鄧子均に伝授した。1929年に、鄧子均が楊恵泉の意見を受けて 「雑糧酒」を「五糧液」に変えた。その後、五糧液が名が高くなる一方である。

 瀘州老窖
 
明の万暦年間に、瀘州老窖ができた。もうすでに400年あまりの歴史をもっている。
 
伝説によると、三国時代に諸葛亮が瀘州に駐屯したとき、疫病が流行った。諸葛亮がいろんな薬草を採らせた。薬草で曲薬を作ってから、竜泉の水を入れて酒を作る。兵士と百姓が一日に一勺飲むと、疫病を防ぐことができたそうである。宋の時代に、瀘州地区はもち米、とうもろこし、高粱などの穀物を豊富に産出することによってとても有名であった。そして、お酒を醸造する原料もとても豊富。それで、瀘州に半年間ほど住んでいた黄庭堅が瀘州にはお酒を醸造する場所があちこちある。官吏を始め村の百姓まで家でお酒を醸造すると書かれた。そして、官吏の醸造したお酒より民間のほうはもっとうまい。明代に百姓一揆の首領、つまり英雄張献忠実が瀘州の美酒を褒め称え、崇禎十七年(1644)七月九日、張献忠が重慶から川を溯って、瀘州で老窖大曲で三軍の将兵を激励する。伝説によると、張献忠が老窖大曲を飲んでから思わず「よい酒ですね!よい酒ですね!」と続け様に称えた。それから、大軍を率いて成都のほうへ進んで、四川の首府を一挙に攻め落として、大西政権を創建した。張献忠の英名によって、瀘州老窖が名がだんだん高くなってきた。                                                           
 瀘州老窖の最大の特徴は穴蔵に貯蔵する時間が300年以上ほど長い。穴蔵は重点文化財として国家に大切されている。濃香型の代表格。「栓を抜くと家という家が酔い、瓶を開けると、十キロも香りが漂う」という誉めがある。

 剣南春
 
綿竹のもの。唐の時代に「剣南焼春」という誉めがあった。宋の時代に、「蜜酒」、「鵞黄」と呼ばれた。前身が綿竹大曲であったのが、1958年に「剣南春」と名づけた。高粱、もち米、米、とうもろこし、小麦という五種類の食糧を原料として醸造したもので、「小五糧液」とも呼ばれている。濃香型曲酒。

 全興大曲
 
成都のもの。高粱と小麦を原料として醸造する。昔から「美酒が詩のごとし」という誉めがある。清の道光年間に福昇全酒屋が薛濤井の水で「全興酒」を醸造した。全興大曲が「年齢を延ばすお酒」と郭沫若に誉められた。

 成都平原でお酒を醸造する歴史が長い。三国時代に劉備が成都で都を創建した時、戦争と自然災害のため、四川地区の経済が立後れた。食糧の産額が多めに減少して、人民は食べ物がなかった。しかし、お酒を醸造するには大量の食糧を消耗しなければならない。それで、劉備が国と兵士のため禁酒という命令をした。清の始め、経済の発展によって、蜀の都としての成都ではお酒は新しい発展が始まった。
 
乾隆五十一年(1786年)に、王というお酒を醸造する技師が大仏寺の側で「福昇全」という酒屋を創建した。そして、有名な薛濤井の水でお酒を醸造した。最初のお酒が「薛濤酒」と名づけられた。「薛濤酒」は大きな成功を収めた。清の道光四年(1824年)に、生産が日増しに盛んになってきた福昇全が城内で新しい工場を建て、「全興成」と名づけた。明の時代の古い井戸の水でお酒を醸造するので、薛濤酒よりもっとよいお酒、つまり、「全興酒」を醸造した。

 郎酒
 
古藺県の二郎鎮の特産。郎酒と茅台酒が「姉妹酒」と呼ばれている。二郎鎮は四川と貴州が境を接している所にある山々の中に位置している。二郎鎮は貴州の茅台鎮と同じな自然条件をもっていて、赤水のほとりにある。1904年にお酒を醸造する技術が優れた鄧惠川夫婦は赤水のほとりで「絮志作り酒屋」を創建し、その後「恵川糟房」に 増築した。茅台の生産工芸を何回も研究して、新しい美酒を産出した。その美酒を「回沙郎酒」と名づけた。1933年に、茅台鎮にある規模の一番大きい成義酒屋が火で焼き払った。二郎鎮集義作り酒屋の主人雷紹清が高い給料で成義造り酒屋の総技師と恵川糟房の技師莫紹成を招請して集義酒屋の技師になってもらった。それで、回沙郎酒よりもとよいお酒、つまり郎酒を醸造した。郎酒と茅台酒がほぼ等しく、包装でもみな陶製のつぼ。1957年に、国営の郎酒工場が正式に創建された。
 
郎酒は美境、郎泉、宝洞、工芸が巧みという四つの特徴をもっている。美境は当地の気候がよく、微生物生長圏が特別であるという意味、郎泉は冬でも夏でも涌いている古い泉で、水質がよく、郎酒工場の命脈。郎酒工場がここだけで生産用水を取るのは全国でも唯一であるばかりでなく、世界にも珍しい。宝洞は天宝洞と地宝洞という二つの大きい天然の洞で、中には四季が春のようで、お酒を貯蔵するのにふさわしい。工芸巧みとは郎酒の生産工芸が極めて独特ということ。郎酒を飲んだ後目眩しなく乾きしない。

 沱牌曲酒
射洪県の特産。射洪県が有名な詩人陳子昂の故郷。四川の有名なお酒の一つ。

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