長海は観光客が行ける一番奥の場所だけに商売も多い。馬の背に乗ってそのあたりを1周はもちろん、ヤクの背に乗って長海を背景に記念写真というのも斜面を利用してかなりの数だ。ここの客引きはしつこくない。どこかの山の上の籠屋さんに比べたらあっさりしていて商売っ気がない。チベット族の民族性なのかもしれない。はにかんで笑いかけるが決して無理には勧めない。無理に勧めないとわかればこちらの無邪気な子ども心がムクムクと頭をもたげてくる。この珍なるヤクの体にさわったりしっぽの毛を引っ張ってみたり民族衣装を手に取って模様を眺めてみたり、フジさんがそれについての解説をしたりと騒いでいるうちに、ようやく写真を撮りませんかと小姐が灌木の中から姿を現した。しっぽの毛を引っ張った手前、今さら乗らないわけにもいかず、次々と民族衣装を身にまとい、ヤクの背に乗って長海を背景にカメラに収まる。またちょうどいいところに1本枯れ木が立っていてアングルはすぐに決まる。誰でも写真にしたくなるような背景だが、むしろ人物を消して背景だけの方が写真にはいい。
ヤクの毛を引っ張った人が6人いて次々に同じヤクに乗ったのだが、このヤクという動物はかなり従順な動物らしく、もちろん繋がれてはいるのだが、写真を撮っている間、その場所を動こうともしない。長い小便を1回しただけだった。寒冷地でじっと耐える習性がついているのだろう。
ここで珍しい土産品を見つけた。長海に下る坂の途中に新聞紙を広げた上に無造作に置いてある。漬物石くらいの大きさでそれを半分に割って切り口が見えるようにしてある。淡い黄色、ひまわりのような濃い色をしている部分もある。香気が強いのか周りをハエが数匹飛び回っていて、売る人は手でそれを追い払うのが主な仕事になっている。食べてみろというのでほんのかけらを口にすると甘さがいっぱいに広がって疲れが抜けるような気がする。
しばらく話してようやく石蜜という名前を聞き出す。その昔の少年時代に読んだ、白土三平の忍者漫画に出てきたような気がして、どのようにしてできたものか、どのようにして採取したものかは知らないが興味を持って値段を聞くと非常に高い。いつもだったらここで値下げ交渉が始まるのだが、ハエの姿を認めたこともあり旅の身には衛生上よくないと思われる食品は避けた方がいいと思い直して、買わなかった。この種のものは成田で引っかかる恐れもあるからとすぐに自己満足の材料を捜す。
ここから先には人が行かない、行ったことがない長海の遠く奥には緑の山合いから白い連山が見える。人間のこんなばかばかしい様子を見ているのだと思うとちょっと恥ずかしくなって背中に風景からの視線を感じた。
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