水辺を歩く楽しみもあればバスから眺めて楽しむ方法もあるが、諾日朗瀑布はバスから降りなくては楽しめない。この滝は季節海からまた少し下ってY字形の九寨溝の谷の両方からの水が合流するところにあるから、水量も多い。端から端まで300mを越える広い滝口から水が落ちている。一望にできればもっとその勇壮な様を印象的に見られるのだろうが、残念ながら滝口がカーブしているのと、林の中から見なければならないのとで部分部分を見ることになるが、それでも「偉大な滝」とチベット語で言われるだけあって表情が豊かだ。道路脇の小高いところに観光小屋が作ってあるが、高さがそれほどないのでここは偉大さを感じるには不向き。道を渡って水のそばまでいった方が迫力を感じることができる。日本で滝というと一条の滝などと表現して細い感じがするが、ここ九寨溝で見た二つの滝はいずれも幅が広く水のカーテンのように思える。
犀牛海、老虎海、樹正群海、臥龍海、双龍海などの有名なおもしろそうな名所を右手に見ながらバスは下っていく。時間がないのだ。この団体は時間を指定しても少しずつ超過する癖がついているし、だから、
「この団体は少な目に言っておいても、きちんと標準時間より少し多く時間を取って見物してくる。」
と運転手の唐さんがガイドの呉さんにこぼしている。今夜は今夜で予定が組んであるので夕食を早めにすまさなければならないのにと唐さんは心配顔だ。楽天的な呉さんはそんな唐さんの心配をこちらには通訳しないで心配顔を唐さんに返しただけだった。
盆景海の手前で最後の下車観光。ここからまたゆっくりと歩き始めた。水の流れを右手に見ながらコンクリートで固められた道を進む。歩きやすいのだが、今日は歩かないと朝言われた割にはよく歩いているので、足の運びがゆっくりになる。水が作り出す奇景を楽しみながら歩く。
水中に根を張って多くの盆栽のような大きさの木が生活している。流れが一定、あるいはあまり速くないために根を張る土が確保されているのだろう。この木々が芽を出した後に水が増えてこうなったものか、多少なりとも残っていた土に芽を出してきたものかわからないが、根が水に洗われてもいない、水中にしっかりと根を張り、堂々と幹を太らせ、枝を伸ばし、葉を茂らせている。水の中をのぞくと流れの中にも無数の草が生きている。水の中と外の区別がつかない。同じように植物が生きている有様は、見方によってはここ九寨溝全体が水の中にあるのではないかと錯覚させる。そうするとさしずめ、見ている私は水中を自由に泳ぐ魚になる。山に囲まれた渓谷。これをまた上から見物しているものがあるのだろうか。
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