――魅了するチベット高原
喉が渇いたらバター茶を一杯飲む、親しい友だちが集まる時にはチュン(チンコウ酒)を飲みながら楽しむ。気分にのって、大きな声を出す。「心は野性と草原のような広い愛、たとえ彼女に嫌われても、自由に飛翔していこう‥‥‥」これはチベットカム地方の男たちの語りである。
故郷にいた頃のことを思い出すと、私の心は高原の上空に、白い雲の間を自由自在に飛び廻り、目を閉じて、美しく穏やかなカイラス山が私の前に高く高く聳え立っているように感じるのである‥‥‥
映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』が日本で上演されてから、チベットは日本でも一層人気が高まってきた。「世界の屋根」といわれるチベット高原、面積はほぼ日本国土の6倍の広さをもち、環境の最も厳しいところ、そこに住んでいる人々はどんな生活を送っているのか、そして、劇化されたチベットと現実のチベットはどう違うのか。
先日、基金会(後述)が主催して『雪域聖地――チベットへのまなざし』写真展を新宿のニコンサロンで開いた時も、ご来場の方々に「中国はチベットを侵略したのですか」、「チベットは中国の隣ですか」、「チベットへ行くにはまず中国に入るのですか」などよく聞かれた。今日まで、日本のメディアや学校では中国の少数民族について、特にチベットについて、間違ったことやひどい場合には全くうそを教えられている場合もある。私はチベット高原で生まれ育ち、その西部にあるチベット自治区にも長い間居た。私の知っているチベットは、日本で教えられている或いはチベット研究者の一部が口にしているチベット像とはかなり差がある。
日本にも「百聞は一見にしかず」の諺があり、「どちらが正しいのか?」。一番いいのは自分の目で確かめることである、そう思ってまだ学生だった私は99年の夏休みに13人の日本の大学生を引き連れ、39日かけてチベットを横断した。東チベットから西チベットまで約4000キロあり、かなり苦しい旅だったが、現地体験ができて、みんなにとって、また私もいい勉強になった。
私たち基金会の目的も、厳しい自然・社会的条件にあるチベット高原に小学校を建設、子どもの教育に協力するだけでなく、高原に暮らす人々の豊かで多彩な伝統文化や彼らの生活と経済の実情を正しく日本に紹介し、できるだけ多くの方々に現地の情況を理解してもらうところにあり、また教育に熱心、チベットの諸相に関心があって、賛同いただける方には、私たちのボランティア活動に仲間としてご参加、ご協力いただければありがたく幸いである。

