2月12日の夜8時ごろ、三国志の遺跡として日本でも有名な剣門関関楼の二階から出火、三時間半にわたり燃え続け、木造部分は全焼したが、幸いにもけが人や死亡者は出ていない。
出火原因は同関楼二階に灯っていた線香だという。
剣門関は1982年に国家級名勝風景区に指定されていた。
2006/2/23<チェルチェン(且末)について...>
タリム盆地の東南の縁にある。チェルチェン川流域のオアシス都市。前漢の時代には西域三十六国に含まれる且末国と小宛国があった。その頃の住民はイラン系であった。
紀元二世紀の後半から三世紀にはゼンゼン(楼蘭)の支配下に入る。その頃のゼンゼン(楼蘭)は、西北インドから移住してきたクシャン人が支配をしていた。
マルコポーロは『東方見聞録』のなかで、チェルチェンについて、敵が来たら住民は妻子と家畜をつれて砂漠のなかに逃げ込み、彼らだけが知っている水の在処でしばらく暮らす。「彼らの残した足跡は風があとかたもなく砂で被い去って、人一人・家畜一匹すら通ったとは見えなくなるから」(平凡社版・愛宕松男訳)と書いている。
*新疆ウイグル自治区の観光地*
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