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幻の民族が暮らす「女の国」~瀘沽湖

モソ人が暮らす「神秘の湖」
 広大な国土と 億を超える人口を有する中国は、さまざまな民族の人たちによって構成される多民族国家である。現在、公式に公表されている民族数は 。うち圧倒的多数を占める漢族を除く の民族が少数民族と位置付けられており、少数民族といっても独立した自治権を与えられている最大勢力のチワン(壮)族、回族、ウイグル(維吾爾)族、チベット(藏)族、朝鮮族、満族といった日本でもおなじみのメジャーな民族から、人口僅か1万人にも満たないホジェン(赫哲)族、メンパ(門巴)族、ロッパ(珞巴)族のような「真正的」少数民族まで、実に多様な人々が独自の伝統や文化を守りながら暮らしている。が、そこは民族のメルディングポットといわれる中国、実際にはこの 少数民族以外にも、人数があまりに少ないため独立した一派を形成できない人々も存在するのだ。
 そんな不遇な民族の一つが、雲南省と四川省の境界線上に位置する「秘境」濾沽湖付近にのみ居住する「モソ人」と呼ばれる人々である。人口約1万人。数字だけを見れば前出の極小民族を凌駕する人間が暮らしているのだが、いずれにせよ「族」を形成するだけの勢力を有さないから、正確な表記は「モソ族」ではなく、あくまで「モソ人」。もちろん 少数民族の中にその名を見つけることはできない。最近はたまにマスコミでも紹介されるようになったが、いぜん彼らの生活様式は謎に包まれている部分も多い。

「女の国」の「通い婚」
 モソ人は系統的には雲南省の麗江地区を生活拠点としているナシ(納西)族から枝分かれした一派といわれているが、ナシ族とは明らかに異質な文化や風習を持つ。中でも特徴的なのが、「通い婚」という旧社会を彷彿とさせるような結婚形態だ。 これは男性が必要な時だけ妻のもとに訪れるという慣習。「通い婚」は「アシャ(阿夏)婚」ともいう。「アシャ」とは、モソ語で「親愛なる伴侶」という意味。男女とも 歳になると成人として認められ、異性との交際も可能となる。カップルが成立すると、男性が金・銀・玉を贈り、女性は飾り物を返礼し、夫婦の契りを結ぶ。そして結婚後、男性は妻と共に生活する義務はなく、昼間は実家で暮らし、夜になると妻のもとへ。妻と一夜を過ごしたのち、翌朝再び実家へ帰るという生活を繰り返す。日本人(男性)の感覚からすれば、何か「夜這い」のようで淫靡な感じがしないでもないが、日本の「週末婚」のようなものなのだろう。家事も子育ても妻任せだから、羨ましい「男性天国」のようにも思えるが、モソ人社会は「女の国」と呼ばれる完全な母系社会であり、家財などを管理するのも家長である女性の仕事。そんな訳で、立場の弱い男性は気丈な妻に頭が上がらない、というのが実情のようだ。日本でもそんな「モソ人社会」のような家庭は少なくない・・・

モソ人が暮らす「神秘の湖」
秘境中の秘境と言われているだけあって、濾沽湖までの道は遠い。起点となる麗江からもシーズンオフはツアーや直通バスはなく、まずは寧莨県彝族自治県へ向かう。寧莨までは約5時間。道中は未舗装の悪路続きのため、乗車時間以上に疲労を覚えるが、それでも最近は近道を経由するようになったので、以前よりは大幅に所要時間が短縮された。いくつもの峠を越えてゆく車窓は素晴らしいの一言だが、いかんせん道は最悪で、途中、土砂崩れのため何度も進路を阻まれた。その度に乗客全員が協力して土砂を撤去するのだが、巨石などがあると人海戦術は通用しないので、救援のブルドーザーを待たねばならない。中間地点の樹底という小さな町では、小憩を取ったのち、いったん乗客は下車して空車になったバスが徐行運転で吊橋を渡る。
 終点の寧莨は、市も立つちょっとした町で、ここからさらに永寧方面へのミニバスに乗り換え、濾沽湖のある落水を目指す。寧莨の町で目を引くのが、「羅窩帽」と呼ばれるカイトのような大きな黒い帽子をかぶった彝族の女性。あれだけ大きな帽子を頭に載せて、よく疲れないものだと思う。ミニバスの車中でも彼女らと乗り合わせたが、二人ぶんの席を占めていた。ところでこの彝族の人々、ナシ族の人に言わせれば「無愛想でとっつきにくい」のだそうだ。車中の彝族の男性も終始厳しい表情だったので「なるほど」と納得させられる面もあるのだが、これは彝族の人々が漢族文化と隔絶された僻地に住んでいたため社交的ではないだけで、彼らがみな狷介(けんかい)な性格ということではあるまい。落水までの道のりは、道路状態は悪くないのだが、九十九折の急カーブが続くので、車に弱い人にはキツい道中かも知れない。ただ、寧莨から約3時間、山峡の切り立った景色がぱっと開け、眼下に鏡のような水を湛える濾沽湖が現れた瞬間の感動は「苦労の甲斐あった」と思わず目頭が熱くなるほどだ。月並みな表現だが、まさに「神秘の湖」という形容しか思い浮かばない。
電気毛布に感動 
落水は眠ったように静かな町だった。コテージ風の旅館が並ぶ湖畔まで歩いていると、冷たい風に乗って家畜の匂いが鼻腔をくすぐる。ウシ、ブタ、ウマ、ロバその他、湖畔の細い道は動物たちに占拠されていた。
今夜の宿は「摩梭庄園」。意外と愛想のいいモソ人一家の歓待を受け、土間の囲炉裏を囲んで食事を供される。素朴な家庭料理ばかりだが、自家製の白酒と淡水魚のフライがうまかった。天井を見れば、裸電球に照らされ飴色に輝く干し肉がいくつも吊るされている。冬場の保存食にするのだろうか。
 食後は流暢な北京語を話す少女に案内され、モソ人の民族舞踊を見に行く。会場にはすでに焚き火が用意され、見物客が集まったところで踊りが始まる。踊りといっても「マイムマイム」のような単純なもので、メインは地元民謡であるらしい。円座になった若者たちが大声で歌をがなりたて、飛び入り参加の見物客が踊りの輪に加わる。ショウと呼ぶにはお粗末なものではあったが、濾沽湖の夜は他にすることなど何もない。結局、この退屈なショウを翌日も見た。
 部屋にはもちろん暖房などあるはずもないが、電気毛布があったのは嬉しかった。たかが電気毛布、されど電気毛布。なかなか心憎い演出だ。中国の安宿で、電気毛布などという「貴重品」には絶対お目にかかれない。温かい布団にもぐり込み、満天の星空を眺めて過ごす夜は格別だった。

どこまでも透明な湖
 翌日は澄み切った蒼穹(そうきゅう)の下、空以上に澄んだ湖をボートで巡った。ボートを漕ぐのはシルクハット風の帽子がなかなかダンディなモソ人の青年。ボートは一人で借り切ると100元が相場とか。
 鬱蒼たる原始林に囲まれた湖は透明度が素晴らしく、湖底に手が届きそうなくらい澄んでいるが、実は最深部は メートルもある中国で二番目の深さを誇る湖という。鏡のような湖面に映った山々が美しい。濾沽湖は3つの半島と5つの島を持つが、湖上遊覧ではそのうちの2つの島に上陸する。1つは無人島のような何もない島で、時間の流れが止まったかのように静謐だ。次に訪れたのは、チベット寺院がある里務比島。こんな場所にもラマ教の信者がいるのかと思う。格安かつ爽快な湖上巡りであったが、夕焼けに染まる頃は、さらに美しいだろう。ちなみに湖の対岸は四川省の左所という町で、 元で対岸まで運んでくれるという。左所からは塩原を経て、西昌、成都へ抜けることも可能らしい。復路は違うルートを選んでみるのも楽しそうなので、ボートの漕ぎ手に相談したところ、「左所はとんでもない田舎町。バスはいつ来るか分からないし、道も相当にひどいからやめときな」と言われてしまった。対岸の左所にも小さなモソ人集落があるらしいが、「彼らは我々と違って観光による現金収入がないから、かなり貧しい生活をしている」とのこと。観光客など相手にせず、頑なに伝統的な生活スタイルを守り続ける「本当の」モソ人に出会いたければ、左所へ渡ってみるのもいいだろう。ただし、対岸は近いようで遠く、帰りの足を確保するのが大変なようだが。
 唯一の見所である湖上観光を終えてしまえば、あとはもう見るべきところもなく、散歩でもしてのんびり過ごす以外にない。が、あくせく動かず、無為な時間をやり過ごすのが、ここでの正しい過ごし方のような気がする。
 濾沽湖を訪れるなら、断然冬がいい。夏は雨も多いし、観光客も多く落ち着かない。冬は少々冷え込むが、連日抜けるような晴天が続くので、鏡のような湖の美しさを堪能するなら、やはり観光客もまばらなこの季節だ。寒さについては問題ないだろう、なにせ「電気毛布」があるのだから。

取材・文/内海達志
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