<成県(せいけん)について...>
甘粛省の南部。陝西省との境に近い。
<成県の見所>
西峡頌摩崖(せいきょうしょうまがい)
成県の県城西方10キロ。天井山の麓にある。黄竜碑ともいう。
後漢の建寧4年(171)の開削。武都郡太守の李翕が大衆を率いて天井道を切り開いた事績を記してある。その右側に彫られているのが「五瑞図」。五つの目出度いものを彫るが、ここに彫られているのは、竜、白鹿、穀物など。
吉祥のしるしとして人気が高く、拓本が広く流布している。
杜甫草堂(とほそうどう)
成県の県城東南4キロ、鳳凰山の麓、飛竜峡の入口にある。
杜甫(712~770)は唐の758年に長安での官職を捨てに秦州(現、天水市)に至るが、滞在すること半年、その地も安住の地でないことを知り、759年、同谷(現、成県)にやって来る。
しかし、この地でもまた生活は困難で、 客有り 客有り 字は子美 白頭の乱髪 垂れて耳を過ぐ
(字は子美:杜甫の字を子美という)
で始まる、悲痛な歌を残し、わずか一ヶ月の滞在で成都へ向かって発つことになる。
草堂が造られたのは、北宋の時代。明の万暦46年(1618)に改修し、現存のものは清代の再建。
成県は、三国時代、諸葛孔明が魏を攻めるときの通り道に辺り、杜甫草堂の前を流れる河を利用して物資を運んだと伝えられる。
北石窟寺(はくせっくつじ)
甘粛省四大石窟のひとつ。他の三つは、莫高窟(敦煌)、麦積山(天水)、炳霊寺(永靖県)。
西峰市の西南25キロ、寺溝川、蒲河、茹河の三つの河の合流点にある。北魏の時代に開削が始められ、清代まで彫られてきている。窟龕が295、塑像が2100体、石刻と墨書の題字が150、碑刻が7つ現存する。時代から見て最も多いのは唐の時代のもの。
最も注目されているのは、俗に「仏洞」と呼ばれている165窟。もっとも大きく、保存状態がよい。窟の大きさは、幅21.7メートル、奥行き17.9メートル、高さ13.2メートル、。そこに、高さ8.1メートルの仏陀の像が7体、高さ3~4メートルの脇侍菩薩像が10体、高さ5.8メートルの交脚菩薩像が2体置かれていて、見るものを思わず仏の世界に引き込む魅力を持っている。