唐代の女流詩人薛涛にちなんで、清代のはじめに造られた望江楼公園は成都の南部を流れている錦江のほとりに位置しております。
現在は竹の公園としても国内外の観光客を引き付けています。正門に入り、目に入るのは道の両側にびっしり植え込まれている各種の竹です。130余りの種類があり、中国内で竹の品種の一番多い公園となっているそうです。
その種類は四川省産のものは勿論、省外、国外の品種も導入され、日本の大明竹も含まれています。公園内の竹は高いもの、低いもの、太いもの細いものと様々な形をしていて千差万別です。
これらの竹はジャイトパンダが食べている笹の竹でしょうか。パンダは2,000-3,000mの海抜で生息していますから、その食物としての笹はこの標高にだけ生えております。成都の平均標高は500mですので、竹の種類も違うわけです。
まず薛涛を紹介いたしましょう。薛涛は西暦770年に成都で誕生し、この地で父をなくし、楽妓に身を落すことになりました。しかし、詩才に富んでいる彼女は数多くの名詩を残して唐代一の女流詩人と称えられたのです。公園に「薛涛井」があり,晩年彼女は水を汲み、詩箋(しせん)を作った井戸ですが、詩箋がきれいで明代に皇帝への貢物ともなったことから「薛涛井」も名を知られたのです。
その南西に立っている四層の建物は望江楼で、崇麗閣ともいいます。下の二層が四角、上の二層が八角をした楼閣で、そりかえった屋根は実に優美さを感じさせています。この楼閣は建てた直後に崇麗閣と言われましたが、後にその側に吟詩楼も建造され、竣工のお祝いに来た人々から「望江楼望江流,江流千古,江楼千古。」と称えられましたことから望江楼とも呼ばれるようになりました。「江を眺める楼で江の流れを眺め,流れも千古、楼も千古。」との意味です。吟詩楼に登り、詩情をかみしめましたらいかがでしょう。
望江楼公園は薛涛を記念して造られた名所ですが、こんなに多く竹を植えたのはなぜでしょうか。これは中国の昔の文人墨客が竹に対する特別な感情を持っていたからです。「食べ物は肉がなくても大丈夫、住まいには竹なかったら駄目」と宋代の大文学家蘇軾が言われたように、竹は昔から文人墨客が欠かしてはいけないものとして珍重されてきました。常緑植物として一年中そそり立って生気に満ちていることから剛き、頑強なシンボルとなっており、常に天に向かい聳えたっていることから粘り強く向上心のある喩えで、その上、根がしっかりはっているのも自制心を持っていることと賛美されています。
清代の著名な詩人で画家でもある鄭坂橋の詩に「青山をしっかり噛み付き、岩石に根づけ、いくら錬磨されても変わらなく強靱で、東南西北の風をものをにしない」とあり、竹の精神を讃えました。
日本語でも松竹梅という言葉があり歳寒三友(さいかんのさんゆう)として登場したのですが、中国の場合はこういう竹の精神をさらに高めているのでしょう。ですから詩人を記念する所に竹を植えるのも当然なことなのです。
精神面だけではなく、竹は経済的価値をも持っています。竹細工も成都市の名産物となっております。特に田舎では竹で作ったドアやござ、椅子、箸、扇子などがよく見かけられます。市内部の北の方に竹細工の工場があり、それは工芸技術品で民芸調の物とはまったく違います。節間の長い竹を細かく削いで竹糸にし、景徳鎭の磁器に合わせて組み上げた「瓷胎竹編」という工芸品です。小さい茶具セットから大きい花瓶まで記念品やプレゼントにしても、実用品としても素晴らしいものです。
望江楼公園を見ることによって、中国の竹文化の勉強をすることもできますし、成都市の竹細工も見られます。訪れる人にとっては成都市での竹文化の見学会場とも言えるでしょう。