中国の旅行,四川の旅行,九寨溝|チベット

中国の旅行,四川の旅行,九寨溝|チベット

文殊院

 文殊院は仏教寺院の一つです。隋代に初めて造られた時「信相寺」と呼ばれましたが「信相」というのは元々尼の名字で、当時の蜀王がその風柄を慕い、彼女の為に寺を建造したものです。
 明代になるとこの寺は戦火によって焼き払われてしまいました。清の康熈30年(1691年)にもとの土台の上に再建され、名を「文殊院」と改めました。その後、二回にわたる増築を行い、ほぼ今のような規模になりました。
 仏教は後漢の始め頃インドから中国に伝わってきたもので、隋唐の時代に入ると、中国仏教独自の性格がつくられて、宗派が生じました。月日の経つのに伴い、各宗派からもっと小さい派も生じたのです。その為中国の寺はいずれも大体同じ配置でお釈迦様や菩薩を祀っておりますが、仏教教義が同じではありません。文殊院の場合は宗派の一つ「禅宗」関係の寺です。禅宗の寺として一番有名なのは河南省にある「少林寺」です。少林寺は中国武術聖地として名高い所で、禅宗の元祖でもあります。

 寺の山門の向き合いに8mほどの高い「品」型をしている壁があります。中国古代の建築構造では対称性を求めているため、山門に対応し造ったのです。また仏教の「仏門空闊」という意味もあります。とくに中央に書いてある「文殊院」の三つの字には金ぱくを貼り、目を奪うほど綺麗です。寺の門を山門と言いますのは普通寺院の大部分が山や森など静寂な所に位置しているからです。文殊院の主な建築物は山門を始めとする中軸に立ち並ぶ五重の殿堂と、更にそれに沿って建てられた東西に二つの細長い棟があります。
 山門に入りまず目にするのは天王殿で、四天王が両側に、弥勒仏が中央にあります。インドの仏教思想によると地球は四つの部分から成り立ち、それぞれを支配するのは四天王です。四天王が持っているのは魔法の武器で、足下に踏み付けているのは各種類の邪鬼です。中国仏教ではそれに加え、四天王はそれぞれ「風、調、雨、順」に喩え、気候が順調との意味になりました。つまり、「五穀豊穣、天下平和」ということです。四天王の塑像は普通は立像ですが、文殊院のは座っているカラ-泥塑像で、中国寺院では珍しいものと言われております。

 四天王像の手前に二体の金剛があります。「金剛」とは寺の護り役をし仏身で、元来は一体でしたが、対称性に気を遣う中国建築構造ではもう一体を造り、現在の二体となったのです。
 中央にあって、体格が良くいつもにこにこしていらっしゃるのは弥勒仏です。弥勒仏はすなわち未来の世を救うという未来仏で、本来の意味は「慈善」です。ここで弥勒仏はお釈迦様の使いとして人間の奉納物を受け取るわけです。人々はここから後殿に行き、菩薩やお釈迦様に線香を供えるのです。弥勒仏の後に「阿弥陀仏」の立像があります。左手に小さい蓮台を持っているのは「阿弥陀仏」の形で、人間が亡くなったら、西方極楽世界へ案内してくれるという意味があるそうです。
 二重の建築物は「三大士殿」です。三大士は観音、文殊、普賢など三大菩薩のことで、それぞれ仏法の悲、智、徳行を象徴しているのです。中の文殊菩薩は智、即ち「知恵」です。ここでは観音は中央で、文殊と普賢は左と右に位置しています。文殊は獅子の背にある蓮座に座り、宝剣を持っていています。獅子と宝剣はその知恵の象徴となっているそうです。

 中国内には仏教名山が四つありますが、山西省の五台山は文殊菩薩の道場、つまり仏法を修行する場所として、名山の一つとなりました。そして、観音菩薩の道場は浙江省の普陀山、普賢菩薩は四川省の峨嵋山です。三大士は皆銅像で、金の光がぴかぴか光っているようで実に壮観そのものです。後の仏龕にある立像は韋駄天です。
 韋駄天はお釈迦様の弟子で、お釈迦様が涅槃なさった後、ある日その仏舎利が異教徒に盗まれたことがあります。韋駄天はすぐにその速い足で追い掛け、仏舎利を取り戻したという手柄を立てたので第一の守護神と封じられました。その時から韋駄天は寺院、特にお釈迦様を護る存在となりました。韋駄天の像は大雄宝殿に面し、丁度お釈迦様の像と向かい合っています。手に持っている武器は宝杵と言います。次は大雄宝殿です。

大 雄というのは仏に対する敬称で、大雄宝殿は寺院の本殿となっています。お釈迦様の銅像は高さ2.65m、手前に弟子の阿南と迦葉が立っています。阿南と迦葉はお釈迦様の最初の弟子の二人で、どんな困難にであっても諦めずにずっと我慢ができたので、お釈迦様の従者として一緒に出て来るのです。お釈迦様の真上の天井は彫刻され、中に凹みがあります。これは中国古代建築技術では藻井と言いまして、普通の場所にはなく、皇宮にある皇帝の宝座と寺院の仏像の真上にだけあるのです。彫刻した模様が色様々な絵画です。東西両側の龕には18人の羅漢の像があります。
 説法堂は大雄宝殿に次ぐ重要な場所で、説法や受戒、授戒などの儀式を行う場所です。ここには宋代に鋳造された「守護神」という鉄像が十体あります。その鉄像の造型は一つひとつよく調和がとれていて、いきいきとしており、美術的にも素晴らしい価値を持っております。
 蔵経楼は最後の一重で、正門に「辰経宝楼」との額が掛かっており、おびただしい仏教の文物芸術品が大切に保存されています。その内、ビルマの玉仏、菩提樹の葉に書かれた経典、宋代の刺繍入りの金剛経、明、清代の絵画、そのほか、鄭板橋や張大千などの著名な書画家の書画もあります。12.6mの高さの蔵経楼は二階になっており、上の階は経書文物などの収蔵地で、下の階は文殊院の住職、寛霖法師が国内外から来たお客様との面会所で、仏教に関連する交流活動を行う場所となっているそうです。
 祖堂は東側にあり、文殊院の元祖を祀る所です。名を改めてからの第一代住職、禅宗臨済宗の第三十三世、慈篤の像も並んでおります。

 茶店の付近に千仏塔があります。この塔は1991年に工事が完了した六角形の鉄塔で、11層あり、21mの高さです。鉄塔全体には999体のレリ-フ仏像があり、一階の中央にはお釈迦様の像が一体あり、全部で1,000体になることから千仏塔と名付けられたのです。塔の各層の反り返った屋根には六匹の竜があり、鈴を吊るしてあります。風が立ったとき鈴の音がすると寺院としての荘厳な雰囲気とその静かさが更に感じられます。塔を囲んでいる低い壁が二重にあり、中には花や木などの彫刻が施されております。外側の壁にある西遊記の物語の彫刻が面白く目につきます。三蔵法師の頭蓋骨が文殊院に収蔵されているからでしょうか。題名が書いてありますが非常に生き生きしておりますから、題名を見なくても内容が良く分かります。線香台がお釈迦様に面しており、いくつか座布団が用意されておりますから、線香を供えに来る人々は後を絶たないようです。
楽山大仏 » | | « 王建墓
相关文章
  • 成都市内バス路線 (2-17)
  • 成都市交通概要 (2-17)
  • 杜甫草堂 (2-17)
  • 青羊宮 (2-17)
  • 王建墓 (2-17)
  • 望江楼公園 - 竹の旅 (2-17)
  • 文章をUPする:

    ◎討論フォーラムへようこそ!あなたの意見を投稿しよう

    カレンダー

    連絡方法

      四川省中国国際旅行社CITS
      tel:+86-28-85555148 85063200
      address:中国 四川省成都市人民南路3段22号 零三商務楼5F
      E-mail:china8628@hotmail.co.jp
      MSN:china8628@hotmail.co.jp

    サイトマップ

    最新の投稿

    最新の投稿

    新しい記事


    四川省中国国際旅行社(L-SC-GJ00001)・四川海外旅行公司(L-SC-GJ00015) address:中国 四川省成都市人民南路3段22号 零三商務楼5F

    tel:+86-28-85555148 85063200 FAX:+86-28-85544588

    E-mail丗china8628@hotmail.co.jp

    www.chinese-tours.com