成都には仏教寺院が何個所もありますが、道教の寺院「道観」は少なく、市内では青羊宮が唯一無二の道観となっています。成都市内から少し郊外になりますが、青城山も道教の発祥地として名を知られています。伝説によりますと青羊宮の建造年代は中国奴隷社会の周の時代、今から2400年前のことです。最初は「青羊肆」と呼ばれておりましたが、三国時代から「青羊観」と名が変わり、「青羊宮」となったのは唐の僖宗時代からだそうです。
それではなぜ青羊宮と名付けられたのでしょうか。道家創始者、老子についての伝説と関係があります。老子はかって人に「私が道を伝えに行き、千日後成都の青羊肆に行く」と言ったことがあり、その日に青羊を乗って青羊肆に来て、人々に道を伝えていたそうです。
後に唐の僖宗皇帝が農民蜂起を避けるため青羊肆に逃れて、一時滞在しました。蜂起が平定してから、長安に戻って命令をだし、名を青羊宮と変えると同時に改築するため大規模の工事を行い、青羊宮は壮観な道観となりました。それ以来、破壊、修繕を繰り返しました。現在の建築物は清代と解放後に増築されたものです。
仏教と同じように道教寺院も正門が山門と呼ばれております。(山門と言いますのは普通寺院の大部分が山や森など静寂な所に位置しているから)青羊宮の山門は普通と違い、左右両側に石像獅子が立っています。中国古代帝王の宮殿の前には必ず石像獅子があります。その理由は、獅子は動物の中の王様であり、権力至上と喩えられておりますから帝王の至上権力の象徴となっているのです。
山門は荘厳で屋根が二重になっております。瑠璃瓦で覆われ、塀や柱には龍、虎などの吉祥動物を彫刻しており、屋根の上にある「二匹の龍が真珠に戯れる」という彫刻が私たちの目を奪い、宮殿の雰囲気を濃厚に醸しだいております。
道観の配置は仏教寺院と同じく、主体建築は山門を始めとする中軸に並んでいます。まず霊祖殿です。霊祖は霊官とも呼ばれ、その役目は仏教の四天王、韋駄天と一緒です。道観を護っている武士たちです。
次は混元殿です。老子は宋代の真宗皇帝に混元上徳皇帝と封じられたから混元と名付けられたもので、老子は即ち混元祖師(祖師は元祖という意味)です。やさしい顔をしている祖師は混元乾坤圏を持っています。それをまっすぐに伸したら、「一」となり、道教でいう「世界の混沌状況」です。
ここに道教思想を簡単に説明いたします。一言で言えば道教は「道は万物の源であり、万物の変化を起こす力です。自然現象は全て道の現れですが、道は万物の母です。」と主張しています。世の中がまだ混沌状況であった時、祖師が天地開闢し、「道は一を生み、一は二を生み、二は三を生む」ことをいたしました。後ろの慈航真人は実は仏教の観音菩薩で、明代に道教の神ともなり、苦しいとき助けてくれる「衆生済度」の女神として祀っております。
八卦亭は青羊宮の重要建築の一つで亭の基は三重になっており、真中は八角形で、上は円形、下は正方形を呈しております。これは中国古代の「天円地方」(天が円形、地が方形)という思想に基づいて建てられたものです。亭は高さが20m、幅17mで二層の構造となっており各層とも獅子、虎、象などが彫刻してあります。屋上は、黄、緑、紫の三色瑠璃瓦で覆られ、反り返っている屋根には獣の唇のしるしが精巧に嵌められ、レリ-フの龍が13匹あり、なかなか壮観なものです。
亭全体は八角形で、支えている石柱が一角ごとに2本、全部で16本あります。中の八本には毎に龍が纏わっており、八卦亭芸術の粋となっています。柱の表面に沿って登っていくこの金色の龍は、わが国の石彫刻では非常に珍しい逸品と称されています。亭内の天井は八角形をしている藻井(中国古代の天井)で、八卦の図案で飾られております。
三清殿は八卦亭と並ぶ重要建築です。三清は道教で最も上位の神で、三人おります。三人の像とも泥の座像で、金ぱくを付けています。中心は「元始天尊」です。この人物はフィクションで、老子の前世の人だとも言われ、宇宙の開闢者、万神の主と言われています。
左側は上清霊宝天尊、右側は道徳天尊、つまり老子です。道徳天尊はまた太上老君とも呼ばれ、西遊記の中にも登場しました。
殿の中に羊の銅像が二つあり青羊宮の貴重文物となっております。当時老子が乗っていた羊のシンボルでもあるのでしょう。羊は長さ90cm高さは60cmです。右側の羊は特別なもので、良く見ると十二支の化身で、角が一つしかないばかりかその身は鼠の耳、牛の鼻、虎の爪、兎の背、龍の角、蛇の尾、馬の口、羊の髭、猿の首、鳥の目、犬の腹と豚のお尻からなっているのです。道観の神物とされ、「神羊」と呼ばれています。
神羊は1723年に北京から青羊宮に贈られたもので、その腹や頭に触わると幸せになることから魔除けとなっています。お参りに来る人がますます多くなるに伴い、羊が金のようにぴかぴかに輝いております。
次は斗姥殿です。斗姥は道教が祀っている第一女神で、天皇大帝の母だそうです。西王母と後土皇地祇の二人の女神も両側に祀っております。
最後の殿は唐王殿で、僖宗皇帝がここに避難し、帰られてから建てられました。ここの壁画は僖宗皇帝ではなく、その先祖の高祖と太宗(唐が最盛期の時代の皇帝)です。僖宗は国を滅亡させたわけではありませんが、思うように発展させることが出来なく反省している気持ちが込められております。
唐王殿の両側には降生堂と説法堂があります。降生とは誕生を意味しており老子が誕生する場所だそうです。説法堂は老子が道を講じる場所で今も人々はここに来て線香を供え、額を地面につけているのです。
青羊宮にも仏教と同じように経書を保存する場所「印経院」があり、仏教寺院の「蔵経楼」にあたるものです。
青羊宮は中国の重要文化財と指定され、その名声に相応しい建築芸術を見るため内外から数多くの観光客が訪れています。