2006年3月12日
| 中国の世界遺産 |
| 2006年3月現在 |
| | 登 録 名 | 所在地 | 区 分 | 指 定 年 |
| 文化 | 自然 | 複合 |
| 1 | 万里の長城 | 北京市 | ◎ | | | 1987 |
| 2 | 故宮 | 北京市 | ◎ | | | 1987 |
| 3 | 泰山 | 山東省 | | | ◎ | 1987 |
| 4 | 敦煌・莫高窟 | 甘粛省 | ◎ | | | 1987 |
| 5 | 秦の始皇帝陵 | 陝西省 | ◎ | | | 1987 |
| 6 | 周口店の北京原人遺跡 | 北京市 | ◎ | | | 1987 |
| 7 | 黄山 | 安徽省 | | | ◎ | 1990 |
| 8 | 九寨溝の自然景観 | 四川省 | | ◎ | | 1992 |
| 9 | 黄龍の自然景観 | 四川省 | | ◎ | | 1992 |
| 10 | 武陵源の自然景観 | 湖南省 | | ◎ | | 1992 |
| 11 | 承徳の避暑山荘と外八廟 | 河北省 | ◎ | | | 1994 |
| 12 | 曲阜の孔廟・孔林・孔府 | 山東省 | ◎ | | | 1994 |
| 13 | 武当山の古建築物群 | 湖北省 | ◎ | | | 1994 |
| 14 | ラサのポタラ宮 | チベット | ◎ | | | 1994 |
| 15 | 廬山国立公園 | 江西省 | ◎ | | | 1996 |
| 16 | 峨眉山と楽山大仏 | 四川省 | | | ◎ | 1996 |
| 17 | 蘇州古典園林 | 江蘇省 | ◎ | | | 1997 |
| 18 | 平遥古城 | 山西省 | ◎ | | | 1997 |
| 19 | 麗江古城 | 雲南省 | ◎ | | | 1997 |
| 20 | 北京頤和園 | 北京市 | ◎ | | | 1998 |
| 21 | 北京天壇公園 | 北京市 | ◎ | | | 1998 |
| 22 | 武夷山 | 福建省 | | | ◎ | 1999 |
| 23 | 大足石刻 | 重慶市 | ◎ | | | 1999 |
24 | 龍門石窟 | 河南省 | ◎ | | | 2000 |
25 | 安徽省南部古民居 | 安徽省 | ◎ | | | 2000 |
26 | 都江堰と青城山 | 四川省 | ◎ | | | 2000 |
27 | 明清皇家陵墓 | 河北省/湖北省 | ◎ | | | 2000 |
28 | 雲崗石窟 | 山西省 | ◎ | | | 2000 |
29 | 三江併流 | 雲南省 | | ◎ | | 2002 |
30 | 高句麗の首都と古墳群 | 吉林省 | ◎ | | | 2004 |
31 | 澳門(マカオ)歴史市街地区 | マカオ | ◎ | | | 2005 |
2006年3月11日
江蘇省の南東部、長江三角州の中心に位置する蘇州は、美しい庭園と水路があいまって「東洋のベニス」と呼ばれています。
紀元前514年に呉王がこの地を都にしたことから歴史は始まり、以後、役人や商人が中心となって庭園をつくってきました。
明・清時代には200以上の有名な庭園があったといわれています。現在では、市内に数十カ所が残っており、中でも蕫拙政園﨟と蕫留園﨟は中国四大庭園に数えられています。
拙政園は蘇州最大の庭園であり、敷地の半分以上が池や堀に占められています。明代造園の庭は、白黒の落ち着いた配色の中国式建築や回廊などが特徴的です。
また、同じく明代に造園された留園は、後に清代の庭園様式が取り入れられました。園内の楼閣は長い回廊で結ばれ、その廊壁には蕫留園法帖﨟という有名な書家の墨跡が残っています。透かし彫りの窓蕫花窓﨟の連なりも精華です。
瞑想にふけるためにつくられた庭園の数々。現代においてもその役割は変わらず引き継がれているようです。
2006年3月11日
三国時代の蜀の都として、また唐代には詩人・杜甫が住んでいたことでも有名な成都。そこから北西へ400Km、チベット文化が色濃くなってきたところに黄龍風景区が広がっています。
黄龍溝は、岷山山脈の主峰・雪宝峰(標高5588m)を望む玉翠峰のほとりに深く亀裂した渓谷。樹海の中で燦然とエメラルドグリーンに輝くのは3400以上も連なった湖沼です。湖底の岩石には炭酸カルシウムを含む地下水による乳白色の結晶体が付着していて、それが光の角度や加減で豊かな色彩の変化を生み出しているのです。このような湖沼が起伏しながら曲がりくねった峡谷に連なる様が、まるで黄龍が岩間を駆け抜けるように見えたことから蕫黄龍溝﨟と名付けられました。
風景区内の自然は手つかずのまま。湖沼の神秘的な美しさと周囲の珍しい植物、万年雪をいただいた峰々の眺めが渾然一体となり、九寨溝とともに中国屈指の秘境として讃えられています。
2006年3月11日
河南省西部・伊水川両岸の断崖に1Km以上にわたって刻まれている石窟の数々。敦煌の莫高窟、大足の雲崗石窟に並び、中国三大石窟と称せられる龍門石窟は、風光明媚な芸術の宝庫とされ、洛陽を都とした各王朝の歴史を物語っています。
石窟の造営起源は、494年前後。仏教を重んじた北魏の孝文帝時代とされています。その後、歴代王朝によって絶え間なく開削と造営が続けられ、2100以上の石窟や仏龕、石像が10万弱、石碑作品3600、仏塔40という桁外れの大遺産が残されました。
その中でも、北魏時代には古陽洞の交脚弥勒菩薩など、繊細で優美な作品が数多く生みだされました。また、唐代・則天武后の統治時期に造られた奉先寺石窟は、高さ約17mの廬舎那仏が安置され、同石窟で最大の規模を誇ります。
仏教彫刻の名匠たちにより、唐代までの400年もの歳月をかけて彫り上げられた龍門石窟。膨大な年月に渡って人々の篤い信仰を受けてとめてきた仏像の数々は、見る人を深淵なる仏教の世界へと誘うことでしょう。
2006年3月11日
天下第一の奇山としてその名を馳せている黄山は、長江(揚子江)の下流に近い安徽省の南部1200?(風景区154?)に広がっています。伝説の帝王・黄帝がこの山で修業し仙人になったという伝説から、唐の時代に「黄山」と名付けられました。
また、黄山は中国の十大風景名勝地の中で唯一の山岳風景区であり、標高1800m級の蓮花峰、光明頂、天都峰をはじめ大小72峰からなります。まるで水墨画からそのまま抜け出したような風景は、「奇松」「奇石」「雲海」「温泉」の4つの景観が複合し、多くの旅人や画家、詩人を魅了してきました。
唐の詩人・李白は「芙蓉(蓮の花の漢名)の蕾」と喩え、明の地理学者・徐霞客は「黄山に登れば、天下に名高い五大山すらも見る気にならない」と驚嘆しました。
現在でも世界各地から画家や登山客が、毎年約150万人も訪れています。登山の苦労は一入ですが、その先には息をのむ絶景が待っていることでしょう。
2006年3月11日
甘粛省、河西回廊の西端に位置する敦煌は、紀元前111年の西漢時代に敦煌都として設立されて以来、シルクロードの要衝であり東西文化交流の中心地でした。漢文化をもとに、西域近隣民族・各国などの文化、さらにギリシアやローマ文化を吸収・融合し、敦煌文化は築き上げられたのです。仏教もインドからこの地を経て中国に伝来しました。
その仏教美術の宝庫と呼ばれるのが「莫高窟」です。
2006年3月11日
山西省・太原から南に90Kmの田園風景が広がるのどかな地帯。その中心地にある全長6163m・高さ12mの城壁に囲まれた町が平遥古城です。全体的に明・清時代の雰囲気をとどめており、城壁のみならず、街並や商業施設の配置、役所、市場などがまるごと世界遺産に指定された中国唯一の古城です。
古城の創建は西周時代(紀元前827年)に遡り、五代の鎮国寺をはじめとする木造建築、金代の建築文廟大成殿などが残っています。また、唐代に創建された清虚観(道教寺院)は、元・明・清代に再建されました。
2006年3月11日
山東省泰安市の北部に聳える泰山(標高1545m)は、中国五大名山の第一にランク付けされている霊山です。古くは岱山と言い、春秋時代に泰山と改名されました。
言い伝えによると、夏・商・周の三王朝の72人の君主が同地へ登り祈祷したといわれています。秦の始皇帝も泰山に登り、神が祭られている岱廟で、天下統一の功績を報告しました。それ以来、歴代の皇帝が「封禅の儀」を行う場所となり、多数の祠や廟、宮殿建築が残されています。
その中でも1009年(北宋時代)に創建された岱廟の正殿は、その規模と壮麗さから、中国古代三大宮殿の一つに数えられています。
また、多くの文人墨客も訪れており、孔子は「登泰山而小天下(泰山に登ると天下のなんと小さいことか)」、杜甫は「会当凌絶頂、一覧衆山小(泰山の頂上に来ると、他の山はなんと小さいことだろう)」とそれぞれ絶賛しました。
現代に至っても、山頂から眺める日の出、夕景、金の帯のように輝く黄河や雲海は、多くの参拝者を魅了し続けています。
2006年3月11日
衛星写真でも確認できる世界最大の城壁・万里の長城。その規模は、東は河北省の山海関から西は甘粛省の嘉峪関まで全長6350Kmにもおよびます。中国の距離単位で1万里以上になることからこう名付けられました。
長城の歴史は、紀元前7世紀頃、斉が現在の山東省に築いたのが起源とされています。その後、戦国時代の国々が各地に長城を築き、紀元前221年に中国統一を果たした秦の始皇帝が、北方の遊牧民族の侵入を防ぐために、それらをつないで大城壁にしました。
しかし、この防護壁は過去に幾度と崩されました。レンガや石材を使用した現在の形は明代に築かれたもので、モンゴル族の侵入を防ぐための一層の強化策と考えられています。
現在は中国最大の歴史的観光スポットのひとつとなり、訪れる人は後を絶ちません。雄大な景色を眺め、悠久の時の流れに思いを馳せてみるのもいいかもしれません。
2006年3月11日
天安門を通り抜け、世界最大の門といわれる午門をくぐると、そこには金色に輝く瑠璃瓦の木造建築が軒を連ねています。
現在の首都である北京は、過去にも遼・金・元・明・清王朝の都として栄えていました。1403年、明の3代目の帝・永楽帝は、首都を南京からこの地へ移し、北平から北京へと改名しました。その永楽帝が居城として建てたのが紫禁城です。現在は「昔の宮城」という意味で故宮とよばれています。その後、1912年に清が滅びるまで24人の皇帝が交代し、宮殿も増改築を重ねられてきました。